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四国九州3週間5千km5万円野宿の旅4-四国編

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1979年にバイクでツーリングした時のレポート、今回はいろいろあった「四国編」です。

【9日目 1979年8月12日(日)】
夕方、ふたたびフェリーに乗って淡路島から四国に渡った。
二回目のフェリーなのでなんとなく勝手がわかってきたので問題なく乗り降り出来た。

淡路島-四国間も距離は短いので航行自体はそれほど時間がかからず四国の徳島港に到着した。
夏とはいえもうだいぶ陽も傾き夕焼けになっていた。

フェリーから降りたバイクは3台。ホンダCB750KとSR400、そして私だ。
声をかけてみるとみんなツーリングの途中だという。
ひとりだけなら今回も野宿しようかと思ったがせっかくだから三人で一緒に泊ろうという事になった。

しかしここで問題発生!
実は全然考えていなかったが、この日は徳島阿波踊りの真っ最中
ほかの二人に聞いてみたが誰も宿の予約は取っていなかった。
そんな時に飛び込みで空いている宿などなかった。
三人で途方にくれていても仕方ないので、とりあえず地元の事は地元のタクシーに聞くのがいいだろう、と言う事でタクシーの営業所までバイクを走らす。
運転手の方に事情を説明すると無線で何箇所か聞いてもらったがやはりみな無理との事、うーん全滅!
それでもさらに聞きまわってくださってようやく「素泊まり、飯無し、布団部屋」ならOKという所が見つかった。
喜び勇んで、先導してくださったタクシーの後を三台のバイクが追いかける。

そこは海岸沿いの民宿。
タクシーに運転手さんにお礼を言って宿に入る。
ほんとに「布団部屋」だった

三人で近所の居酒屋に繰り出し、乾杯と遅めの夕食。
CB750Kは名古屋のトラックの運転手、SR400は大阪の人だった。
年齢も乗ってるバイクも住んでる場所もみんな違うけど、当時の長距離ライダーのツーリングではコロナのタンクバッグとリアのボストンバッグを積むというのはお約束の定番スタイルだった。
現在のようにリアキャリアにボックスを積んでいたりサイドボックスを付けているバイクはほとんど見なかった。

余談だが、この時に見たCB750Kの黒ボディに赤ラインだけのデザインが気に入って、後に自分のホークをこのようなデザインにしたのだった。

なんだか疲れた一日だったので周りの騒がしさも気にせずすぐに熟睡。
(本日の走行:306.2km)

【10日目 1979年8月13日(月)】
翌朝、それぞれ向かう方向が違うので別れを告げそれぞれの道へ。

私は四国を時計周りに海岸線沿いに南下することにした。
まず目指したのは室戸岬

室戸岬ではマグマが自然に織りなす景勝地を見学してきた。

その後しばらく市街を走ることになった。

ところで今はGoogleストリートビューでそこに行かなくてもその場所の風景がわかる。
上の写真の「高知市街の大通り市場」の今の様子も見ることができるのだ。それがコレ!
こうやって、昔訪れた場所が今はどうなっているかその変化を見るのも楽しみだ。

ここでちょっと私の野宿のスタイルを紹介
バイクで野宿する場所は、
・無人駅 (地方のローカル線の駅舎付きがオススメ)
・大きな駅のロータリー (京都・秋田・青森など大きな駅は制覇)
・街道沿いの24時間やっている無料のコインスナックのベンチ (昔はこういう自販機だけのスナック小屋が多かった)
・公園や工場の入り口 (公園はともかく工場の入り口はどうなのか)
・神社やお寺の境内 (寝る前に一言「今日は泊めていただきますと心の中でお祈り)
などが多い。

野宿していて困るのは人と動物
人は、例えば大きな駅では駅員さんや守衛さんから注意される事もあるし、街道沿いのコインスナックでは夜中に暴走族が溜まりにくる事もある。
まあ暴走族も同じライダー。「どこから来たんや!」「東京だ!」という会話で結構話がはずんでしまう事もある(そのせいでなかなか寝かせてもらえない)
無人駅に泊っていると地元のおじさんが「うちに泊っていけや!」なんて言ってくださる事もある。
夜中に寝ていてなんとなく人の気配で目を覚ますと浮浪者がこっちをのぞき込んでいた事もあった。

動物で困るのが野良犬
特に雨の日に屋根付きのところにいると犬が一緒に雨宿りにやってくる。
そして夏のツーリングでやっかいなのが「」。
携帯用の煙の出る蚊取り線香を使っていたが、風下で寝ていると喉が痛いし風上だと効かない。 当時は無煙タイプなんてものはなかった)
虫刺されのムヒはすぐになくなってしまう。

野宿する話に戻ると夕方4時頃からそろそろその日の宿にふさわしい場所を物色し、適当な場所があればそのままその日の走行は終了となる。
一旦ここ、と決めた後でもやはり不都合があって場所を変えることもある。
日が暮れて暗くなっても泊る場所が決まらないと不安になる。

この日もそうだった。
野宿なんてどこでもよさそうなものと言われるかもしれないがそれでも一晩だけとはいえ安心して眠れる場所を確保するのは結構気を使う。

四国を徳島から高知と走るがなかなか気に入る場所がなかった。
漁村の道路を通り過ぎる時は、暑い盛りの夕暮れなのでベンチに座ったご老人たちがバイクの音に気づいてこちらを見ていた。
海沿いから山の方に移動して探すことにした。
しかしこれが裏目に出て、走れど走れど明かりが見えない。
真っ暗な闇の中、自分のバイクのヘッドライトの照らす範囲しか光がない。
「もしここでバイクが故障して、ライトが消えたらどうなるんだろう!?」という恐怖のような思い。

しばらく走ると遠くにポツンと明かりが見える!
「よかった。集落があるのかな」と思って明かりの方向へどんどん登りながら走る。
地図やコンパスでも今自分がどこを走っているのか全くわからない。
この時、GPSみたいなものがあればどれだけ心強かっただろうか。

遠くに見えていた明かりがだんだん大きくなってきた。
最後のコーナーを回って、やっとのことであかりのところにたどり着いた。
しかしその明かりは、電波の中継所の無人の建物
当然建物周囲は高い金網で包囲され近づけない。
なにもない山の中で、野犬かなにかいるかもしれないところで野宿するのはあまりに怖すぎて出来ない。
仕方なく山を降り、なんとなく海の方向に向かう。
もう泊れるところならどこでもいいという感じ。

ようやく下界に下りてきて見つけたのが宇和島の和霊神社
ここの境内近くの公園で野宿することにした。

今日はずいぶんと走った。今回のツーリングで1日の距離としては最高だった。
明日はいよいよ九州だ。

(本日の走行:509.5km)

※ この続きはすでに掲載しました。
 「四国九州3週間5千km5万円野宿の旅5-九州編」になります。 この記事は、コチラ からご覧いただけます。

 さらにその先、九州から関門トンネルを通って本州に戻りまたその後も続けたツーリングレポートは、このあとに掲載していきますので、興味があればお付き合いください。

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