今回は1982年頃の奥武蔵グリーンラインのお話。
(関東エリア限定の話題でスミマセン)
この頃、原付からオンロード車と乗り継ぎ東北から四国・九州と走り回って次に乗り出したのがオフロード車。
スピードが出るバイクに乗っているとその怖さを知って、今度は自分でバイクを自由にコントロールできるオフロードへと関心が向いていきました。
そんな頃、よく走っていたのが山梨・長野の林道と、埼玉奥武蔵、秩父・群馬でした。
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この写真は1982年頃のグリーンラインの刈場坂峠(かばさかとうげ)です。
オフロードではなく舗装林道です。
今でこそ自転車の人が良く登ってきますが当時はあまり通行量は多くなかったですね。
そしてこちらの写真が1年半前、ドラスタでリターンした直後の同じ場所です。
違いがいくつかありますね。
まず看板自体が代わっていました。
そして記載されている標高が1982では「850m」だったのが2007年では「818m」になっています。
縮んでいるのか、計測違いだったのか。
さらに看板左の木、さすがに25年以上経つとかなり太く育っています。
こちらの木柱はいまも健在でした。
こうやって、昔と今の写真を2枚並べて比べてみると懐かしいやら変化に驚くやら、結構楽しめます。
【2009/4/11追記】
mauさんから「峠の茶屋が解体されてしまいました」とのコメントをいただいたので、ありし日の「りんどう茶屋」の写真を残しておきます。
りんどう茶屋=通称刈場坂、峠の茶屋はこんな感じで見晴らしのいい峠にありました。
お店では飲み物や味噌田楽、山菜やカップラーメンなんかもありました。
冬場やこのかまどで暖めた缶コーヒーがなによりでした。
味噌田楽もここで暖めてましたね。
ベンチに座っているだけでもすばらしい景色が眺められました。
冬場になると雪が積もり、バイクで行くのはやっかいでしたね。
このりんどう茶屋さんが3月に解体されてしまいました。
ちょっぴり寂しいですね。
コメント
ichirouさん、
私はずっと「かりばざかとうげ」だと思ってました。
旅行好きの父に「かばさかとうげだろ」って言われても、
いや違うと言い張ってました(笑;
念の為ネットで調べててみたら。。。という訳ですから
ichirouさんと同じですね。
>これXL250ですよね?
はい、フロントタイヤ23インチのXL250Sです。
日本の林道と私の体型にはもうちょっと小さい方がよかったようです。
かばさかとうげと読むんですね。
ずぅ~っとかりばさかとうげと読んでました。
勉強になります(恥”
これXL250ですよね?歴史に残る良いバイクでしたね~
mauさん、
ありがとうございます。
お店をやってらっしゃった方達もかなり高齢だったので
仕方ないのかもしれませんね。
いのししカレー、どんな味でした?
yamaさん、
昔、チャリンコ少年だったんですね!
私は20歳の時、
近所の買い物用に自転車で買おうと考えたのですが、
「坂道漕ぐのはカッタルイな」と思って、
「それならエンジン付きのほうがラク!」
で原付乗り始めたのが、バイクライフの始まりでした。
>同じような場所で、私はお昼寝を楽しみました・・・(笑)
かなり痛そうなお昼寝でしたね(笑;
軽くすんでよかったですね。
1998springerさん、
当時はオフロード行くとライダーがいっぱいいましたね。
バイク雑誌もオフロード情報が掲載されていましたが、
どんどん「舗装されてしまいました」と書かれていました。
当時もそうですが、
私たちにとっては楽しいツーリングですが、
そこで生活されている方にとっては、
すごいスピードで飛ばしていったり、
爆音を撒き散らす迷惑な存在なのでしょうね。
集落から離れた場所でも出来るだけ、
静かにのんびり走るようにしていました(小心なだけ(笑;
私は1985~1989ごろ林道のとりこでした
今じゃ 舗装になったり 立ち入り禁止だったりと
off車のりには ちょっと気の毒ですね。
1975年頃、自分でドロップハンドルに改造した “ちゃりんこ” で、サイクリングと称しては顔振峠から刈場坂峠そして正丸峠へのルートでグリーンラインに行っていました。
あっ、そう言えば・・・ そのサイクリングの中で、一緒に行った友人が、刈場坂から正丸への下りで砂に滑って転けて、思いっきり顔をズリむいたなぁ・・と、今思い出しました。
30数年経って、同じような場所で、私はお昼寝を楽しみました・・・(笑)
刈場坂峠の「峠の茶屋」がつい最近解体されてしまいました
残念!
この30年間で「いのししカレー」を1回買っただけだったからかなー?(笑)