黄色いワーゲン・ビートルはしあわせを運んでくれた

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昔、免許を取ったら乗りたいなと思っていたクルマ3選。
「黄色いワーゲンビートル」
「赤いコルベット・スティングレイ・スポーツクーペ」
「ジープ」
コルベットは結局乗れなかったけど、ジープの代わりに初代から何台かパジェロ系に乗って今はジムニーが愛車になっている。
 

そして第一希望だった黄色いビートルには最初に乗ることができた。

今回はそんなワーゲン・ビートルの思い出を綴ってみた。
 
初代ビートルがメキシコでの最後の生産が終了したのは2003年で、日本への正規輸入は1978年までだった。
1970年代当時はまだ街道添いにワーゲン・ビートルを専門に扱う店がけっこうあった。


いくつも店をまわりようやく気に入った一台を見つけた。
フラットウインドウ1976年式の1200LSE。 色は1975年と76年限定のマリノイエロー(L-20A)でサイドにラリーストライプ入り。
BOSCH(ボッシュ)製の機械式燃料噴射システム「Kジェトロニック」採用の排気量1584cc。
リアエンジンフードの黒いダクトカバーと「D」ステッカーはあとから付けたもの。 「TURBO」ロゴは御愛嬌。
リアウインドウには購入したショップ「Shell Auto」とビートル専門ショップの「FLAT-4」「Scat」のステッカー
マフラーエンドは斜め下向きダクト、バンパーから垂れ下がっているのは当時なぜか流行っていた静電気を地面に流すゴム(効果は?)

車内はビートルらしいシンプルなもの。
昔のモデルはパネルは塗装した鉄板だけだったけどこれはダッシュボードに黒いクッションが取付けられていた。
パワーハンドルなんてなくて代わりに細身で大径ハンドルで非力なものをおぎなっていた。

初代ビートルの特徴的なドアの三角窓。
カーナビはまだ発明されていないからここに球形のコンパス(磁石)を貼り付けて行き先の方角を確認してた。
ドアポケットには当然紙の地図帳が入っていた。
 
三角窓はとてもべんりで走行中に逆向きにすると風が入ってきて涼しくなった。
それに忘れられない思い出がある。
デートで山道を走っていて景色のいい場所に停めて眺めていた後、クルマに戻った時に鍵を閉じ込めてしまったのに気がついた。
今のようにスマホとかない時代、JAFも呼べない。
たまたま近くで速度取り締まりをやっていたおまわりさに事情を説明すると数人がかりでこの三角窓を揺すってなんとか開けてドアを開けてもらうことができた。
 
初代ビートルはポルシェと同じ(というかビートルの後にポルシェができた)エンジンをうしろに積んでいることを知っている人は多いと思う。
フロントフードを開けるとそこにはスペアタイヤととても狭いトランクルームが現れる。
ほとんど荷物は非常停止板とわずかな工具しかのせていなかった。

このスペアタイヤは実によく考えられている。
ここにあるおかげで万が一衝突した時のクッションの役目を果たしていた。
そしてもっと大きな役割りがあった。
スペアタイヤのバルブからゴムホースが伸びて中央のところにあるタンクにつながっている。
これはフロントウインドウウォッシャー液で、タンクからはゴムホースが車内のハンドルのところまで伸びていた。
ウインドウウォッシャーのレバーを操作するとゴムホースが窓のホースにつながり液が空気圧で噴射されるという仕組み。
スペアタイヤの空気圧は走行用のタイヤより高めにしてあってウインドウウォッシャー液を何度か噴射して空気圧が既定値より上がると出なくなり緊急時の空気圧を維持していた。
 
このゴムホースは劣化してヒビ割れしてくると突然ハンドルの根本からウインドウウォッシャー液が勢よく吹き出しシートをびしょ濡れにしてしまうことがあった。 しかも二回。
デートの日の朝、まさにクルマに乗り込んだ時にこのめにあってしまったのだ。
 
こちらがリアフードを開けてみえるエンジン。

もっと古いビートル、排気量1200ccクラスとかと比べるとぎっしり詰まっている。
左側のベルトでつながったコンプレッシャーはクーラーユニット。
ビートルでクーラー(エアコンではないです)付きはそう多くなかったと思う。
左右の銀色のジャバラパイプはヒーター用の熱を車内に取り込むためのもの。
初めは紙製のものがついていたけど劣化して破れてきたのでホームセンターで購入したアルミ製ダクトに交換した。
 
このエンジンルームにはバッテリーは積まれていなかった。
ビートル乗りしか知らないだろうけど実はリアシートを持ち上げるとその中に収まっていた。
整備性はあまりよくないけどヨーロッパの雪深い寒い冬にバッテリーがすこしでも寒さから守るためだった。
 
車内のインテリアの様子。
非常にシンプルでメーターはハンドル前のスピードメーターしか付いていない。 内部には燃料計とオドメーターのみ。
ラジオもAMだけ聞けた。
あとでFLAT4でセンターコンソールを購入してタコメーターとFMラジオカセットを取付けた。
ノブ類とハンドブレーキレバーもFLAT4でウッドタイプのもの購入して交換、グローブボックスパネルには木目のカッティングシートを貼ってある。
ダッシュパネルの下に左右横に伸びているのがクーラー。 ここから冷気が出るハズだったけどあまり冷えなかった。

 
リアウインドウには見栄で「冷房車」のステッカーを貼ってあった。 今ではあたりまえだな。
ドアパネルには窓を開け締めする手回し式のハンドル。 これもウッドタイプに交換済。

 
タイヤ交換作業中のようす。
ジャッキアップは現在のパンタグラフ式ではなかった。
後輪近くにフレームにあるジャッキホールにパイプに差し込み、手回し式で上下する仕組み。 昔のドイツ車に多く採用されていた。 積載されていたのはビルシュタイン製のものでした。

タイヤといえば乗っていた期間で一度交換したけれど、ビートル専用ということですすめられたのがなぜかチェコスロバキア製だった。
 
このクルマは社会人になって初めて乗ったクルマでデートにもこれでよく出かけた。

海水浴にはよく行った。


荷物はあまり詰めなかったけど友人とキャンプにも行った。

 
ビートルでの旅行でフェリーに乗った時、ビートルは車重7400kgだったけど長さは4070mmで、次に乗った初代パジェロ(1500kg、3930mm)の半分の重さだったけど長さが4m超えということで料金が高かった。

 
このビートルにはいろいろとおもしろいカスタムパーツを付けていた。
フューエルリッドに吸盤でつける水道コック。 給油のたびにスタンドのスタッフに受けていた。

「ビートルはぜんまいで動くんだよ」というぜんまい。
実際には走行時の風圧で傾いてしまうかた止まっている時しか付けていなかった。
それでも駐車場に停車している時はかなり受けたな。

ほかには屋根の上につけるダミーの「TAXI」なんてのもあったな。
 
ビートル好き、マニアというほどでないけどいろいろグッズもあった。
今だと赤恥モノのペアルックのビートルトレーナー。

家の黒電話には赤いビートルのカバー。 場所ばかり取ってた。

車内のリアシェルフには当然ミニ・ワーゲンがいっぱい飾ってあった。


 
ミニカーといえばカスタムしていろいろつくっていた。
鉄道模型用のヘルパ製1/87を加工。
ライトやウインカーはフェンダーのを削ってバンパーに内蔵。サイドマーカー、ドアミラーも取付け。
フロントウインドウは1303系のラウンド系をフラットに変更、ワイパーとラジオアンテナ、車内のバックミラーを追加。

リアはエンジンフードを切り取ってエンジンを追加(今ならもっと精密につくったな)
ドアも切り取って開けてある。

次に乗った初代パジェロも同じヘルパ製モデルを乗っていた形状に加工。
こっちはルーフラックやタイヤ交換、ボディステッカーやフロント回りの大掛かりな加工などかなり手を入れていた。

簡易的なジオラマベースをつくって、ビートルは整備向上風、パジェロはアウトドア風に飾っていた。


 
当時、ワーゲン占いというのがあって黄色いワーゲンを見るとその日はいいことがある。 でも水色を見るとリセットされるなど。

 
ビートルはすごく気に入っていたけど故障もかなりあった。
上でも書いたけど、ハンドルから水を吹き出すのはまだかわいいほう。
クラッチはワイヤー製で切れてしまってJAFのお世話になったり、マフラーが落ちたり。。。
高速道路ではエンジンがかからなくなり困っていたら、近くのトラックの運転手さんたちがいっぱいやってきて押しがけしてくれた。 さすが1トンに満たない軽いクルマでよかった。 降りてお礼を言おうとしたら「止まるいけないからいいかれ行け!」と言ってくれた。
 
その後、オートキャンプにはまると荷物が積めないビートルでは不便になりパジェロに乗り換えてしまった。
トラブルも多かったビートルだけど、置いておける場所があればずっと手元に残しておきたかったなぁ。
 長文、最後まで読んでくださってありがとうございました。

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