昔のツーリングは今とこんなに違っていたep.2

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今みなさんが楽しんでいるツーリングと比べると私がバイクに乗り始めたおよそ50年前とではこんなにも違っていましたよというオハナシ、そのニ回目です。
今回は次の三つの点から紹介していきます。
【今】アクションカメラ → 【昔】フィルムカメラ
【今】キャンプ泊 → 【昔】野宿
【今】ライダーウェア → 【昔】Gジャンに首の赤いバンダナ
まあ年寄りライダーの思い出話しですね。
 
【今】アクションカメラ → 【昔】フィルムカメラ
今、私も普段ツーリングに出る時にはコンパクトカメラのほかアクションカメラなどを多数使って写真や動画を撮影してブログやYoutubeを作成しています。
カメラはメインはコンパクトカメラで、これは防水タイプでレンズが飛び出さない沈胴式のものそれはすぐに写真が撮れるようにです。レンズも21ミリの広角で幅広く風景を撮影できます。 停まって休憩している時によりキレイに撮りたい時はスマホやOSMO Pocketを使っています。
ほかにはヘルメットに付けたGoPro、リアボックスからポールを伸ばしたりカウルの前に付けたInsta360の全方位カメラ、それにバイク前後に常時ドライブレコーダーでの撮影というところです。
 
それに比べると昔はとってもシンプルでコンパクトなフィルムカメラ一台です。
当然走りながらの撮影はできませんし、ビデオカメラもまだありませんので動画撮影もしていませんでした。
8ミリフィルムカメラは持っていましたがさすがにツーリングで撮ろうという気にはなりませんでしたね。
 
走りながら気に入った風景に出会ったら道端にバイクを停めてまたがったまま、前回紹介したタンクバッグからカメラを取り出して写真を撮っていました。
この写真では撮影のついでにタバコ休憩もしていましたね。
 ※(鹿児島から桜島を撮影)

こちらは大阪中央環状線を走っていた時に見つけた大阪万博(1970年のほうです)の太陽の塔の写真です。

1979年ですから閉園してから9年目のものですが写真が劣化してこんなに真っ白になってしまいました。
それでもこの場所でカメラを構えたことは今でも鮮明に覚えています。
「鮮明」といえば今ではAIが発達してこの白飛びしてしまって色褪せた写真もたった今撮影したように修復してくれます。
それがこちらの写真です。

そうそうフィルムカメラでの撮影といえばフィルム巻き上げの失敗でこんな風になってしまうこともたまにありました。
「関門トンネル入口」と「前の日に野宿した工場近く」がダブってしまったものです。

デジタルカメラではこんな失敗はありえないでしょうね。
 
そしてフィルムカメラを使った撮影で今と一番違うのは「撮影できる枚数に限りがある」ということです。
当時のフィルムは12枚撮り、24枚、36枚と決まっていてフィルム代のほか現像代、紙焼き代とけっこう費用がかかりました。
そのために長期のツーリングでもあまり無駄な撮影はできませんでした。
今なら一日のツーリングでも300枚から500枚くらいは撮影しています。
 
【今】キャンプ泊 → 【昔】野宿
これは一般的なライダーの「昔」と「今」の違いというより私個人のことだけかもしれません。
今乗っているバイクはハーレーで日帰りでも泊りがけでも奥さんを後に乗せてタンデムで出かけることが多いです。
泊りがけで例えば北海道ツーリングや信州、伊豆などに出かける時はやはりホテルに宿泊することが多いです。
宿に泊まらないとするといまだとやはり「テントでのキャンプ泊」になるでしょう。
特に北海道ツーリングでは多くのライダーがバイクの後にテントやキャンプ道具を積んでいるのをよく見かけます。
 
昔、東北や関西、四国、九州と回った時はできるだけ費用を抑えるために宿に泊まるには風呂に入りたい時や洗濯をしたい時に限り、泊まるのも民宿やユースホステルでした。
桜島のユースに泊まった時は前夜が台風でものすごい豪雨で野宿する勇気がなく電話して駆け込みました。
 ※(桜島ユースホステルに泊まった翌朝です、もう閉館になっていましたね)

前回載せたバイク三台停まっている写真は高知県の民宿での朝の様子でした。
前夜同じフェリーから降りた三人ですが泊まる場所を取っていませんでした。 ちょうどよさこい祭りの時でどこの宿も満員。 困り果ててタクシーの運転手さんに相談すると知知り合いの船宿に掛け合ってくれて「布団部屋なら泊まってもいいよ。ただし三人一緒で」とのありがたいお言葉。
そのタクシーに先導されバイク三台で民宿「みはらし」に泊まることができました。

 
2週間、3週間と走っていた時は野宿がメインでした。
泊まる場所は、
・大きな駅のロータリー
・無人駅
・公園の便利
・幹線道路沿いの無人コインスナック販売所
・神社、お寺 などでした。
基本寝袋だけで(銀色マットなんて持っていませんでした)、屋根のない完全屋外だと雨対策でリアのボストンバッグを包んでいたバイクカバーを木の間に渡してタープ代わりにしていました。
 
大きな駅としては青森駅、秋田駅、京都駅(行き帰り2泊)などでしたね。
 ※(原付で東北2週間野宿ツーリングしていた時に泊まった青森駅です)

こういう駅に夏休み期間中に泊まると同じように「旅」をしているライダーのほかにも自転車、かに族さんたちと一緒になることが多かったですね。
同じ駅で泊まると自然とその夕方から一緒に飲み屋に繰り出し夜遅くまでお互いの旅自慢と失敗談、情報交換に花が咲きました。
そして翌朝、まだ通勤客が大勢来る前にトイレで顔を洗ってそれぞれの目的地に向かって手を振って旅立っていきました。
当時、駅で野宿することを「ステーション・ホテルに泊まる」と言っていました。
 ※(前夜、宴会で大いに盛り上がった翌朝の秋田駅です)

 
無人駅で寝ている時は時々地元のオジサンがやってきて「なんでそんなトコいるんだ。ウチ来てメシ食ってけ」と声をかけてくれることがありました。
その一方、雨が降っている日に屋根のある無人駅にいると野良犬が一緒にはいってくることもありましたね。
 ※(肥薩おれんじ鉄道線の無人駅、おりぐちです。 今も無人駅であるようです。
   ローカル線の無人駅はベンチ近くまでバイクを乗り入れるところも多かったですね)

 
幹線道路沿いの無人スナックだと夜中に地元の暴走族が立ち寄ってきていました。
 
広島市内に入った時はもう夜遅くなっていて暗かったです。
眠くてしかたなかったので公園にあった大きな岩の上に寝袋に入ってすぐ眠りにつきました。
翌朝目が覚めて気がついたら平和記念公園そばの川近くでびっくりしたなんてこともありました。
公園で困ったのはやはり虫、特に「蚊」ですね。 一応携帯用の蚊取り線香を持っていっていましたが風上に置くとむせてしまうし広範囲には効かないので結局夜中じゅう蚊と格闘するはめになりました。
翌日、どうしても眠くなるとメインスタンドでバイクを停めてその上で仮眠するなんてこともありました。
 ※(前日お世話になった愛媛県宇和島市にある和霊神社です)

 
今ではそんな「野宿旅」は危険だしいろいろとコンプライアンス上の問題もあってできないでしょうね。
私も二十歳代と若かったのでできたものでした。
 
【今】ライダーウェア → 【昔】Gジャンに首の赤いバンダナ
 
バイクに乗る時は四季を問わずかならず長袖の肩や肘、脊椎にパッドはいったライダースジャケット着用しています。
さらに奥さんと二人ともエアバッグジャケットも着ていて中には胸部パッドも付いています。
ハーレー乗りのライダーだとここまで着ているひとはあまり見かけませんね。 でも自分の身の安全は自分で守るべきだと思っています。
なんて言っていますが、グローブとバイク用のツーリングブーツだけは必ず着用していましたが夏にバイクに乗る時はGジャンが多かったです。
もちろんパッドなんかは入っていませんでした。
 ※(大阪の親戚の家の前です。
   日本全国をツーリングしていると行く先々で遠い親戚や友人の実家などに立ち寄って会ってくるのが楽しみでした)

鳥取で知り合ったTX500のライダーさんもGジャン、秋田駅で写っているライダーさんは布の青いつなぎでしたね。

そしてなぜか首には「赤いバンダナ」を巻いていました。 これは私に限ったことではなくこの写真のようにたまたま長崎で知り合って長崎で知り合い一緒に回ったGL400のシバタくんもやはり赤バンダナ、巻いてますね。

これって仮面ライダーかサイボーグ009の影響でしょうかね。
今思えばこれでよく怖くなかったなと思います。
原付の時はもちろんでしたが、中型バイクで3週間、関西、四国、九州と回ったときも有料道路は通りましたが高速道路は走りませんでした。 100km/hも速度ではさすがにGジャンは怖すぎますね。
でも冬はさすがにWBの革ジャンを着ていましたし、レーサーレプリカに乗っていた時は上下のレザーウェアでした。
 ※(足摺岬灯台を望む場所にて)

 
さて今回の「昔と今のツーリングはこんなに違う」はここまでです。
続きはまた次回。

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