私の最初のデジカメ、コダックDC20―画質はすごくなかった。でも、写真の撮り方を変えたカメラだった

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今では、写真を撮ろうと思ったら、まずスマートフォンを手にするのが当たり前になりました。

旅行やツーリングでも、スマホ一台あれば十分きれいな写真が撮れます。最近のスマートフォンで撮った写真を見ていると、昔のフィルムカメラをはるかに超えるような繊細さや鮮やかさに驚かされます。

でも、私が初めて手にした「デジタル写真」は、そんな現在の写真とはまったく違うものでした。

今見ると、画質はお世辞にもきれいとはいえません。

ふた昔以上前のガラケーで撮った「写メ」にさえ負けてしまうような写真です。

それでも、私にとっては忘れられないカメラがあります。

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私が初めて買ったデジカメ、KODAK DC20

それが、コダック(KODAK)のDC20です。

フィルムメーカーとして世界的に有名だったコダックが発売した、1996年のデジタルカメラです。

残念ながら、当時のカメラそのものはもう手元に残っていません。

カメラの写真もほとんど残っていないのですが、ネットで見つけたDC20の写真を載せておきます。

コダック DC20

そして、これが私の手元に残っていた数少ないDC20関連の写真です。

コダック DC20

今こうして写真を見ると、ずいぶん小さなカメラに見えます。

しかし、当時の私にとっては、これがまさに「これからのカメラ」でした。

デジタルカメラは、まだ「未来のもの」だった

私がDC20を購入した1996年頃、デジタルカメラはまだ一般家庭に当たり前にあるものではありませんでした。

デジタルカメラの歴史を語るときによく登場するのが、1994年にAppleが発売した「QuickTake 100」、そして1995年にカシオ計算機から発売された「QV-10」です。

特にQV-10は、背面に液晶モニターを搭載して、撮った写真をその場ですぐ確認できるという画期的なカメラでした。

「撮った写真を、その場で見ることができる」

今では当たり前すぎる機能ですが、当時はそれだけで大きな驚きでした。

ただし、QV-10の価格は6万5千円

当時の私には、とても気軽に買える値段ではありませんでした。

そんなときに登場したDC20

そんな中、1996年6月に登場したのがコダックDC20でした。

発売価格は39,800円。

店頭では3万円を切る価格で販売されている店もあり、その年の年末頃には2万円台後半まで下がっていたと思います。

私が購入したのも、確かその頃だったと記憶しています。

「これなら買える」

そう思って、仕事帰りに電気屋に寄ってとうとう自分のデジタルカメラを手に入れました。

KODAK DC20のスペック

現在のデジタルカメラと比べると、驚くほどシンプルなスペックです。

  • 総画素数:約27万画素(有効画素数:約18万画素)
  • 高画質:約493×373ピクセル
  • 標準画質:約320×240ピクセル
  • レンズ:35mm判換算47mm固定焦点
  • 撮影距離:0.5m~無限遠
  • 内蔵メモリー:1MB
  • 外部メモリーカード:なし
  • 撮影枚数:高画質8枚、標準画質16枚
  • 電源:CR123Aリチウム電池
  • 液晶モニター:なし
  • パソコンへの転送:シリアル(RS232C)ケーブル

KODAK DC20のスペック

今の感覚からすると、まるで別の時代のカメラです。

「8枚しか撮れないの?」

「液晶画面がないの?」

「メモリーカードもないの?」

そう思うのも当然です。

でも、1996年の私は、このカメラを手にして「すごい!」と思っていました。

「撮った写真をすぐ見られる」という革命

当時、写真といえばフィルムカメラでした。

写真を撮ったら、フィルムを使い切るまで待ち、写真店へ持って行って現像してもらう。

そして、出来上がるまで写真を見ることはできません。

「ちゃんと写っているかな」

「ピンぼけしていないかな」

「露出は大丈夫かな」

そんなことを考えながら、数日後に写真を受け取りに行く。

それが普通でした。

ポラロイドカメラならその場で見ることができましたが、フィルムそのものが高価で、何枚も気軽に撮影するものではありませんでした。

ところがDC20なら、撮影した写真をパソコンに取り込んで、その場で見ることができる。

それだけで、写真というものに対する感覚が大きく変わりました。

「一枚を大切に撮る」から「何気ないものを撮る」へ

DC20を手に入れて、一番変わったのは画質ではありません。

写真の撮り方そのものが変わったことです。

フィルムカメラの頃は、フィルムの枚数が限られています。

だから、何でもかんでも撮るわけにはいきません。

「これは撮っておこう」

そう思ったものを慎重に構えて、シャッターを切る。

ところがDC20では、撮影した写真をすぐに確認できる。

失敗していても、それが分かる。

そして何より、「どうでもいいものまで撮ってみよう」と思えるようになりました。

街角の風景。

食べ物。

水槽の魚。

その日に見た何気ないもの。

今ならスマホで普通に撮っているような日常の風景を、私はDC20で撮り始めたのです。

実は、子どもの頃からカメラは身近にあった

私がこれほどカメラに惹かれたのには、少し理由があります。

父がプロ用カメラメーカーで、カメラの設計などに携わっていたのです。

子どもの頃の私は、父が持ち帰ってくるプロ用の大きなフィルムカメラの試作品を使って、写真を撮ることがありました。

今思えば、そんな環境で育った私が、時代の大きな変化の中で最初に手にしたデジタルカメラがDC20だったというのは、ちょっと面白いことなのかもしれません。

父の時代のカメラは、光学技術とフィルムによって写真を残すものでした。

そして私の前に現れたDC20は、まだまだ未熟ながら、写真を「データ」として残す時代の入り口にあったカメラでした。

では、18万画素の写真はどんなものだったのか

ここからは、実際にDC20で撮影した写真をいくつか紹介します。

掲載する写真は、現在の画像編集ソフトなどで補正したものではありません。

DC20で撮影した当時のデータを、そのまま掲載しています。

渋谷の街

まずは渋谷の街を撮影した写真です。

こちらは高画質モード。

KODAK DC20で撮影した渋谷

そして標準画質。

KODAK DC20で撮影した渋谷 標準画質

現在の写真と比べれば、もちろん粗いです。

でも、当時はこれが「デジタル写真」でした。

うまく撮れると、こんな写真に

高画質モードで、条件が良ければこのくらいには撮れました。

KODAK DC20で撮影した写真

標準画質で撮ったイチゴ

KODAK DC20で撮影したイチゴ

標準画質なら16枚まで撮影できます。

今なら「16枚」と聞いて驚きますが、当時はこれでも十分に感じていました。

熱帯魚の水槽

KODAK DC20で撮影した熱帯魚

もう少し近づいて撮影してみました。

KODAK DC20で撮影した熱帯魚

ただし、最短撮影距離は50cm。

今のスマホのように、被写体にグッと近づいて撮ることはできません。

KODAK DC20で撮影した写真

色の再現も淡い感じですが、当時のデジタルカメラとしては、これでも十分に写真になっていました。

KODAK DC20で撮影した写真
KODAK DC20で撮影した写真

白糸の滝

風景も撮影しました。

KODAK DC20で撮影した白糸の滝

現在の高画素カメラで撮った写真と比べると、細部の情報量はまったく違います。

それでも、写真を見れば、そのときの場所や空気を思い出すことができます。

夜の屋形船

こちらは万世橋から撮影した屋形船。

KODAK DC20で撮影した夜の屋形船

夜間撮影は、今のカメラから考えるとかなり厳しい条件です。

それでも「撮ってみよう」と思ってシャッターを切っていた。

これもDC20があったからこそ撮った一枚なのだと思います。

そして、こんな一枚も残っていた

DC20で撮影した写真の中で、個人的に特に思い出深いのが、この写真です。

1999年5月、西武球場で撮影した、松坂大輔投手と対戦する前日のイチロー選手。

1999年5月 西武球場で撮影したイチロー

今見ると、画質は決して良くありません。

でも、この写真には「その時代」が写っています。

1990年代の空気。

まだデジタルカメラが珍しかった時代。

そして、後に誰もが知ることになる選手を、DC20で撮っていた。

そう考えると、この小さな18万画素の画像が、急に特別なものに思えてきます。

画質ではなく、「時間」を残してくれたカメラ

現在のデジタルカメラやスマートフォンと比べれば、DC20の性能は比較になりません。

画素数はわずか18万画素。

高画質でも8枚しか撮れず、液晶モニターもありません。

しかもパソコンへの取り込みにはRS232Cのシリアルケーブルが必要でした。

今のパソコンでは、そのまま使うことさえ難しいカメラです。

でも、そんなDC20が私に教えてくれたことがあります。

写真は、画質だけではない。

何年も何十年も経ってから写真を見返したとき、そこに写っているのは単なる風景ではありません。

そのとき自分が何を見ていたのか。

どこにいたのか。

誰と過ごしていたのか。

そして、その頃の自分がどんな時代を生きていたのか。

そんな記憶まで、一緒によみがえってきます。

今のスマートフォンなら、何千枚、何万枚という写真を簡単に保存できます。

AIによる画像補正で、暗い写真も明るくできる。

ピンぼけした写真を補正できることさえあります。

それに比べれば、DC20は本当に不器用なカメラでした。

それでも、私が初めて「デジタルで写真を残す」ということを経験したカメラです。

もう手元にはない。でも、写真は残っている

DC20そのものは、もう手元にはありません。

当時のパソコンも、データを取り込むためのケーブルも、専用ソフトもありません。

今となっては、もう簡単には撮影することもできないでしょう。

けれど、DC20で撮った写真はいくつか残っています。

こうして30年近く経った今、それらの写真を見返してみると、不思議な気持ちになります。

画質は粗い。

色も淡い。

小さな画像なので、拡大すればすぐに破綻する。

それでも、写真を見ると当時のことを思い出す。

それだけで、このカメラには十分な価値があったのだと思います。

1996年。

まだデジタルカメラが「未来のもの」だった時代。

私が初めて手にしたDC20は、写真の歴史の中ではほんの小さな一台だったのかもしれません。

でも私にとっては、フィルムからデジタルへと写真の世界が変わっていく瞬間を、自分自身で体験させてくれた大切な一台でした。

今では考えられないほど低画質で、わずか8枚しか撮れなかったコダックDC20。

それでも私にとっては、決して「画質の悪いカメラ」ではありません。

あの頃の時間を残してくれた、最初のデジタルカメラなのです。

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