最近、そんなことを考えるようになった。
まだ決めたわけではない。
でも、来年12月の誕生日を迎えれば、僕も70歳になる。
そして、今乗っているハーレーも、もう18年になる。
そう考えたとき、ふと気がついた。
僕は20歳のときから、48年間もバイクに乗ってきた。
48年。
人生の中で、20歳までに過ごした時間より、ずっと長い。

始まりは、怠惰な気持ちから買った原付だった
20歳のころ。
足で漕ぐ自転車は疲れるな……。
そんな、なんとも怠惰な理由で買ってしまったのが、最初のバイクだった。
CB50。
たった50ccの原付だった。
ところが、乗り始めてみると、それまで知らなかった世界が突然開けた。
「自分だけで、どこまでも行ける」
それが、たまらなく面白かった。
一人旅。
野宿。
今までやったことのないことばかりだった。
納車からわずか4か月後。
東京から2週間をかけて、東北を一周した。

48年前のことだ。
今のようなカーナビも、スマートフォンもない。
頼りになるのは、紙の全国地図と方位磁石。

青森駅では、同じように旅をしていたライダーと一緒に野宿した。
「北海道を一緒に走ろう」
そう誘ってもらった。
でも、そのときは体調が思わしくなく、断ってしまった。
あのとき北海道へ行っていたら……。
今でも、ときどき思い出す。
「もっと遠くへ」

「原付で行けるより、もっと遠くへ行ってみたい」
そんな気持ちから、翌年には二代目のHAWKへ。
今度は東京から三週間。
関西へ向かい、四国、九州、中国地方を走り回った。

もちろん、これも野宿旅。
紙の地図を広げ、方位磁石を片手に、
西へ。
東へ。
ただひたすら走った。

目的地へ行くことよりも、
「次はどこへ行こう」
と考えながら走ることが楽しかった。
もっとバイクを自由に操りたい

速いバイクに乗るようになると、今度は別の欲が出てきた。
「もっとバイクを自由に操れるようになりたい」
そこからオフロードの世界へ。
XL250S。
舗装路を外れ、土の上を走る。
転ぶ。
泥だらけになる。
それでも楽しい。
しばらくバイクから離れた時期もあった。
でも、結局また走りたくなった。
そしてHAWKへ。
憧れだった「漢カワサキ」

さらに、当時のレーサーレプリカブームにも背中を押され、一度は乗ってみたかった「漢カワサキ」。
KR250S。
今思えば、ずいぶんいろいろなバイクに乗ったものだ。
50歳でアメリカン。そして……
またしばらくブランクがあった。
そして50歳のころ。
それまでまったく興味のなかったアメリカンバイク、ドラッグスター250に乗り始めた。
このころから、奥さんを後ろに乗せて走る機会も増えていった。
二人で走る楽しさを知ってしまうと、250ccでは少し物足りない。
そんなある日。
たまたま入ったハーレーのディーラー。
最初は、本当に冷やかしのつもりだった。
ところが――
そこにあった一台に、一目惚れしてしまった。
ハーレー FLSTC
ヘリテイジ・ソフテイル・クラシック。
気がつけば、その日のうちにハンコを押していた。
ところが、契約してから大変なことに気づいた。
大型二輪免許を持っていなかった。
慌てて教習所へ通い、大型二輪免許を取得。
それが、2008年の春。
今のハーレーとの18年間が始まった。

そして、奥さんと走った18年間
ハーレーに乗り始めてからは、毎週のように奥さんを後ろに乗せた。
秩父。
奥多摩。
山梨。
ビーナスライン。
志賀草津道路。
日帰りツーリング。
泊まりがけの旅。
そして、日本各地。
青森から鹿児島まで走った。
バイクも、二人乗りと長距離移動に便利なように、少しずつカスタムしていった。
「自分らしいハーレーにしたい」
そんな思いで手を入れ続けた結果、
いつの間にか、ハーレー乗りが見ても一瞬、
「これ、何のバイク?」
と思うような姿になっていた。
ソフテイルなのに、どこかウルトラ・ツーリング系。
それも、この18年間の思い出の一つだ。
北海道という、最後の大地
ハーレーに乗り始めて4年目。
日本各地を走り回ったけれど、北海道だけはまだ走っていなかった。
そんな僕に、奥さんが言った。
「北海道ツーリング、行って来たら?」
その一言に背中を押され、初めて二人で北海道へ。
そして――
北海道の魅力に、完全に取りつかれた。
気がつけば13年間で8回。
何度走っても飽きなかった。
どこまでも続く、まっすぐな道。
信号もない。
ガードレールもない。
ただ空と大地の間を、バイクで走る。
あの感覚は、今でも忘れられない。
楽しいことばかりではなかった
もちろん、48年間が楽しいことだけだったわけではない。
土砂降りの高速道路。
横を走る大型トラックから浴びせられる、強烈な水しぶき。
停車したとき、出したつもりのサイドスタンドがちゃんと出ていなくて、立ちごけ。
北海道へ出発する朝。
駐車場は土砂降り。
夫婦二人でレインウェアを着て出発する姿を、ほかのお客さんから、
「かわいそう……」
というような目で見られたこともあった。
そして、最後になった2年前の北海道ツーリングでは、途中でウインカーが動かなくなった。
仕方なく、手信号で走った。
こうして思い返すと、
楽しかったことだけでなく、つらかったことのほうが、いくらでも思い出せる。
不思議なものだ。
そして、今。
65歳で仕事を終えた。
それから少しずつ、ハーレーに乗る機会も減ってきた。
自分のこと。
奥さんのこと。
いろいろなことを考えると、以前のようには走れない。
400kg近い車体。
荷物を満載して、二人乗り。
それを支えながら走るのは、さすがに少しずつしんどくなってきた。
そして、ふと思う。
「そろそろ、バイクを降りる時期なのかな」
でも、まだ決められない
車なら、これまで何台も乗り換えてきた。
でも、バイクは違う。
特に、このハーレーは18年間、一緒に過ごしてきた。
そして、その前にも、
CB50。
HAWK。
XL250S。
KR250S。
ドラッグスター250。
たくさんのバイクと一緒に走ってきた。
20歳の自分を乗せて東北を一周したCB50。
野宿しながら西日本を走り回ったHAWK。
泥だらけになったXL250S。
憧れだったKR250S。
奥さんとのタンデムを始めたドラッグスター。
そして、18年間をともにしたハーレー。
写真を並べてみると、
そこにはバイクの歴史だけではなく、
20歳から69歳までの、自分自身の人生が並んでいる。
バイクを降りるということ
もし本当にバイクを降りることになったら。
キーを抜く最後の日は、きっと簡単には終われないと思う。
48年前。
「自転車は疲れるから」という、ほんの小さな怠惰な気持ちから始まったバイク人生。
それがまさか、
東北を一周し、
四国、九州、中国地方を走り、
日本中を駆け抜け、
北海道へ8回も渡り、
そして奥さんと一緒に、これほどたくさんの思い出を作ることになるなんて。
あの日の20歳の自分は、そんな未来を想像していなかった。
バイクに乗ったからこそ出会えた人。
見た景色。
感じた風。
雨。
寒さ。
暑さ。
転倒。
故障。
そして、笑った時間。
そのすべてが、48年間の僕の人生の一部になった。
だから今、
「降りる」という言葉を口にするだけで、
胸の奥が妙に熱くなる。
まさか、本当にこの日が来るのか。
そう思う。
まだ、最後の一本の道を走るかもしれない。
まだ、もう一度だけ遠くへ行くかもしれない。
だから「さようなら」は、まだ言わない。
でも――
もし、その日が来たら。
48年間、僕をいろいろな場所へ連れて行ってくれたすべてのバイクへ。
そして、後ろに乗って一緒に旅をしてくれた奥さんへ。
心から伝えたい。
ありがとう。
ありがとう、バイクライフ。
そして、
20歳のあの日、バイクを買ってしまった自分にも――ありがとう。
コメント
あたたかいお言葉、ありがとうございます。
体力、気力ともちょっと弱くなっていたようです。
思えばziromeiさんとは北海道ツーリングの話でつながっていましたが、一度ご一緒させていただいて北の大地を走りたかったです。
ご無沙汰してます。
加齢から来る体力の衰え、仕方ないですよね。
私も以前のように、あちこちと走り回る機会が少なくなってきております。
私もメカ好きさんと同じく、16からバイクに目覚めて今現在迄ブリブリ走って来てました。
人生最大の思い出は、メカ好きさんの影響が大きかった北海道ツーリング、夫婦そろって楽しめました。
最近は中々北海道には行けてませんが、バイクを降りる時期が来る前にはもう一度走りに行きたいと思っています。
メカ好きさんの記事を拝見して、私もいつまで乗れるのか、幾つになったら降りるのか、シミジミ感じております。
メカ好きさんも、どうぞお身体ご自愛なさって、もう少し楽しまれてくださいです♪